2007年8月24日金曜日

三部作、有吉佐和子「紀ノ川」


『紀ノ川』

有吉 佐和子(ありよし さわこ)
出版:新潮文庫 1964年
定価:580円(税込)
ISBN4-10-113201-1

著者の代表作。と言ってもこの作家は代表作が多いの
ですね。「華岡青洲の妻」、「複合汚染」「恍惚の人」
などなど。「紀ノ川」は紀州の大地主の家の三代の女
性を描いた小説ということになっていますが、私が読
んでみると、明治の女性「花」の一代記みたいな印象。
女性も男性もひっくるめて、小説の中でも存在感が飛
び抜けているのが「花」なのです。

紀ノ川の上流、九度山村で一番の美貌を謳われた花は、
育ててくれた祖母が決めた男、真谷敬策の元へ豪華な
道具とともに嫁いで行った。義弟の浩策とのいざこざ
はあったものの、舅姑に孝養を尽くし、夫を支え、家
を守り、子を育てる。夫は祖母の見込み通りに出世し、
和歌山県政界の第一人者になって行く。

長男の政一郎は、父の期待も空しく、おとなしく育ち、
長女の文緒は、古風な躾を施そうとする花にことごと
く反抗して育った。二人は東京の学校へ進学し、文緒
は周囲の気配りで良縁を得て、幸せな結婚生活をスタ
ートさせた。文緒は夫の転勤に伴い、上海へ渡り、次
男を産むが、幼くして死なせてしまう・・・・・

三部構成で、第一部が花の嫁入り。これが明治三十年。
第二部が大正初期。長女の文緒を中心に描き、第三部
はその文緒の子どもたちを描いています。なんと言っ
てもこれは第一部がたいへん面白い。私が思い出した
のは天藤真の「大誘拐」。まったく関連のない小説の
ようですが、「大誘拐」の主人公柳川刀自は紀州の山
林王。「紀ノ川」の主人公の花と同じような身の上。

柳川刀自と花の語る言葉がまったく同じ。さらに花の
祖母である豊乃にいたっては、明治の女どころか文政
の生まれとありますので、生粋の紀州女。もうベタベ
タの紀州弁で会話がつづられているのです。これがじ
つにいいなあと思わせる。豊乃と花の会話こそがこの
小説のもっとも読ませどころ。

『紀ノ川沿いの嫁入りは、流れに逆ろうてはならんの
やえ』

「ただ優雅に美しく、夫の言葉には肯くことよりしな
かった花が、同じように美しくありながら、眼と口で
毅然と彼を制していたのである」

『さあ、五年ほどで実はつこかいの』

『東京で死ぬのも、六十谷で死ぬのも、死ぬのなら同
じことですえ』

戦中から戦後にかけての名家の没落なんてことでは、
今やそれほど珍しくもないようなストーリーのようで
すが、思えばこの小説は昭和三十四年の出版。時代を
考えると、先駆的な小説と言えるでしょう。

「恍惚の人」にせよ「複合汚染」にしろ、やはりこの
作家は時代を先取りする精神をつねに持ち合わせてい
たのですね。ですから、本書においても明治大正昭和
と三代続く激動の女性史なんてものではなくて、日本
人が失った懐かしい山河と土俗性そのものを描くとい
うところに狙いがあったのだろうと思います。そして
それは第一部で成功しているのです。なんてへ理屈よ
りも、まずは読むべし。

3時間ちょうど


この店員でよくもお店がつぶれないもの


評価  ★★★★